内木酒造株式会社清酒 旭正宗 / 浦和の酒蔵 ・ 安永四年創業

History

蔵の歴史

安永四年(1775年)、現在の地に創業。旧浦和で唯一の酒蔵として、今日まで。

✓ 安永四年(1775年)創業

二百五十年、動かなかった蔵

安永四年は、西暦1775年。前年に杉田玄白らの『解体新書』が刊行され、アメリカ独立戦争が始まった年です。

その年、この西堀の地で酒造りが始まりました。以来250年。町の名前は浦和からさいたま市に変わり、周りの景色もすっかり変わりましたが、蔵はこの場所にあり続けています。

そして今、旧浦和の地に残る酒蔵は、この一軒だけになりました。

※ この文章はデモ用に書いたものです。創業年と「旧浦和で唯一の酒蔵」であることは、埼玉県酒造組合の蔵元一覧に掲載されている内容にもとづいています。実際の蔵の歴史をお聞かせいただければ差し替えます。

古い日本家屋の廊下
Timeline

年表(掲載の見本)

日本酒の蔵のサイトで、いちばん読まれるのがこのページです。

安永四年
1775年
現在の地(さいたま市桜区西堀)にて創業
要確認歴代当主のこと、屋号のいわれ、銘柄「旭正宗」の由来
要確認蔵の建物が建てられた年、井戸のこと、仕込み水のこと
要確認戦中・戦後の統制、企業整備を経ての再開
要確認浦和市からさいたま市へ(平成13年)
令和七年
2026年
創業250年

※ この年表は「入れ物」だけを作った状態です。年号と出来事は、お聞かせいただいたものを入れていきます。

すべての年が埋まっていなくても構いません。むしろ、次のようなことが1つでも書いてあるほうが、読む人の心に残ります。
・「〇代目の△△が、この井戸を掘った」
・「戦争中に一度、造りを止めた」
・「この銘柄の名前は、〇〇から取った」
・「蔵の梁は、建てたときのまま」

日本酒を選ぶ方の多くは、味の説明より先に、この種の話を読みます。250年という数字だけでは伝わらないものが、一つの逸話で伝わります。

Photo

蔵を撮る、ということ

古い蔵は、それだけで写真になります。特別な機材はいりません。

古い木の扉
01

入口・のれん・看板

蔵の顔です。朝の斜めの光か、曇りの日がいちばんきれいに写ります。同じ場所を、季節ごとに撮っておくのもおすすめです。

古い日本家屋の内部
02

蔵のなか・道具

梁、柱、桶、櫂棒、麹室の扉。使い込まれた道具は、それだけで「本物」を語ります。説明は1行で構いません。

米
03

仕込みの季節

蒸し上がる湯気、麹の手入れ、もろみの泡。造りの季節に何枚か撮っておくだけで、1年ぶんの発信の材料になります。Instagramにも使えます。

撮影のお手伝いもいたします。スマートフォンでの撮り方のコツをお伝えするだけでも十分ですし、ご希望があればカメラマンの手配もできます。
まずは蔵の入口の1枚から始めましょう。トップページのいちばん上に置く写真は、この1枚です。

かつての町並み
✓ 浦和という土地

この土地に、蔵が残っているということ

さいたま市は、県内でも早くから市街化が進んだ地域です。多くの酒蔵が姿を消しました。

そのなかで、旧浦和の地に一軒だけ残っている。これは、探しても他にない看板です。

「埼玉の地酒」を探している飲食店、地元の贈答品を探している方、さいたま市にゆかりのある方。この一文にたどり着いてもらえるかどうかで、届く先が変わります。

※ この文章はデモ用に書いたものです。

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